「言葉」                  





  僕の言葉は
  文字にして完成し
  頭に描いて彩られ
  紙に書き写して寿命を終える

  なぜなら
  それは僕の哀しみの骸なのだから







  「貝殻」
                         


   躊躇ふも躊躇わぬもなく
   拐かされた
   月のかけらを
   拾ふ人の指先よ

   嗚呼 あれは桜貝と云ふのだよ










  「海鳴」
                   



     人泣かす逢瀬の罪も虎落笛


     海鳴りの闇に潜みて汝を恋ふる


     春雷や知恵の輪一つ謎を解く


     五月雨の心乱るる昨夜の夢


     幾つもの道に別れていねつるみ


     濡れそぼつ地蔵哀しや過疎の村


     旅立ちの汝を呼び止めて露時雨


     初霜の悲鳴聞かむと一歩踏む


     燃ゆる火の残り火消へてしまき風


     破れ恋の吹雪止み
           今、晴れ間あり


     冬凪の心静かにハモニカ吹く


     冬浜のコクトオ想ふ貝の殻
     


 
                       99/01/28






 「桜の路」                 



  物思う人の美しきこと

  北国の遅い春は気紛な風に唆されて
  見知らぬ場所で立ち止まるがゆえ
  やがて寒さに耐えた蕾たちが
  一斉に咲き乱れる
  それもまるで少女の舞いのような
  やわらかな薄紅の戯れ

  あれ ごらん
  これが桜の路なのだ

  しなしなと枝が揺れる度ごとに
  私たちの肩の辺りに濡れぬ雨が降り注ぐ
  お前は手のひらでそれを受けとめては
  これが桜の路なのですね、と
  静かに言う
  
  夕暮どきの雨上りの空の色と
  どちらのほうがより紅であろうかと
  お前を見ながらふと思う

  あちらの先の見えぬ花の路
  肩を並べて歩く人々の隙間を
  冷えた風が通り抜けて
  散る花弁が悲鳴をあげているようだった
  私は思わず外套の衿を立てて
  ゆっくりとゆっくりと
  暮れゆく空を眺めていた

  花ももう終りでしょうね、と
  お前の声だけが足元辺りに浸透した

  ああ 物思う人の美しきこと

  ふと見るとその肌まで紅に染まり
  お前さえもが風に散るような
  そんな危うささえも
  散り間際の花のいたずら




99/03/19 改










 「咲いてこそ」              



  咲いてこそ花、花こそ咲くものと言う君の
  頬張る花の名を知らぬか
  無花果は、ああ哀れな花よ
  心に何を隠すのかと
  問えば問うほどそのかんばせを
  隠して果実の真似をする

  ああ、咲いてこそ
  咲いてこそ
                      99/04/01







「繚乱」
                     


  陽光の舞に誘われて           
  目覚めの蝶よ そなたもか
  花の調べに諭されて
  こころ静かに眺めようか

  あはれ白梅紅梅の
  優美な香を競わせて
  こちらに桃の愛らしや 
  あちらに桜も優雅たれ

  花盗人の罪なるは
  その枝一枝手折るより
  たった一枝を持ち去るは
  残りの花の口惜しけり

  暦の夏はまことかと
  咲けよ春 花 北の花
  
                     1999.05.08   陽光=ひかり

                          





「愛撫」
                         99/06/09



   人差し指より時に器用な中指が
   闇の中で魂の中心を探そうと彷徨うのです
   いまはもう閉ざされてしまった映画館の看板の
   剥がれかけたペイントの女優が笑うのを
   わたし
   思い出していたのです
   あなたの言葉がわたしの体内に侵入してくるたびに
   あなたのすべてに染め上げられてしまいそうで
   わずかな抵抗として親指であなたの頁を
   一頁
   また一頁とめくりあげて
   わざとすべてをそらそうとするのですけれど

   ああ

   無抵抗なままで蹂躙されていく人形を真似て
   菖蒲の野に捨ててしまってほしいだなどと
   馬鹿なことを思うのは何故でしょう
   愛しているとは
   どうか言わないでくださいませ

   あなたの口からは
   狂おしいほどの歌を一首
   口移しで残してくださいませな

   ねえ あなた







   「愛憐」
                        99/06/10




    堅い幹の先端の蕾に接吻をしよう
    細い葉が私の喉元を擽る その愉悦に溺れて
    あなたの紙面に筆を走らせたなら
    そこに綴られるべき詩句のなんとも美しいことよ
    脇腹の白に朱を残して
    それを私の印としよう
    そうして
    深淵に隠されたたましいの欠けらを頬張りながら
    あなたの唇の端からため息が漏れるのを
    待つとしよう

    ああ 果てもなくさみだれよ
    あなたの上にも大地の上にも
    そそがれる雫よ
    永劫つづくといい
     
    大地を褥に私達は戯れに交わろう
    重ねた言の葉の擦れる音を
    ゆっくりと咀嚼して嚥下したならば
    私はあなたになり
    あなたは私になり
    統一の予感と
    同調の快感に
    身をゆだねよう









「すずらん」
                        
                    99/06/18


    そなたの鈴は誰がために
    風にひそひそゆれるのか
    私の鈴は汝のために
    愛のみ告げる風の中

    そなたの白は誰がために
    無垢を装ひゆれるのか
    私の白は汝のために
    色に染まらぬ胸の中

    そなたの躯は誰がために
    しゃなりしなやかゆれるのか
    私の躯は汝がための
    愛受けとめるたなごころ

    己が身の白を誇りとすずらんの
    花が少女の清楚なりしや








「たましい」
                           




       やみいろの髪に触れてよ
       真青な海を忘れてよ
       湿り気を帯びた砂上に
       描いてよ 愛という文字
       火の星の近づくよりも
       月明かりの愛撫よりも
       瞬けばいい朧気に
       たましいの 弱い輝き
       己が身の命の燃えて
       尽きる夢の欠片ににて
       ほうたるよ ああ ほうたるよ
       何処へと去るというのか


       この水の甘きに迷ふ螢の
       命こそ強く燃えて輝く               1991.08.12







 「秋霖」                            
                           
                               
                               
                               
    未完成のデザインの上にのせられたセピア        
    清浄であることを強いられるばかりに失う太陽      
    お願い、隠さないで、隠さないでいてよ         
    裸体を晒すことの羞恥に身を染めていたのは       
    ほんの少し前のはずなのに、私たちは魅入られてしまった 
    木の葉の揺れて上下する地上と天上の距離に       
    お願い、助けて、助けてよ               
    落下と浮上に魘されて夢から覚めていく 真昼の情事   
                               
    堰を切って流れおちるのを留めておこうだなどと     
    愚劣なことを考えてしまう私を、どうか罰してください  
    結ばれることの愚かしさを呪うために大地が濡れるなら  
    そのために生まれる若葉の美しさを讃えるのは罪なのですね
    ああ なのに私たちはこうして愛しいものへの言葉を吐息を
    口移しで伝えるのです、濡れて溺れて時は止まるのです  
                               
                               
                               
                            1999/08/20









「わたしというおんなへ」
                      


    鍵穴には真鍮の鍵を用意して、白い衣裳で扉を開こう
    爛れるために落葉はその足元に眠る、爪先は舌先で濡らして
    指の谷間の濡れた感触を味わうのも、素敵だろう
    ほら、節操もなく炎えはじめる夕暮のそれを賢いだなんて

    中指と契約をするために小指も嘘を突き通せば
    不意打ちに怯えて割れた爪の愛らしいこと
    知らずして落ちてゆく眠りの蟻地獄に用意された糸
    易く告げる愛の戯言こそ至福とも成ると知れば

    笑みの美こそ醜となれ 欲の醜こそ美となれ
    受け身の弱さを強かさと嗤えば内臓の突起を食む
    あらゆる曲線を秘めて集めて華となろう

    炬に宿る炎の陰の奥底 満ち欠けしては月と汝
    埋める躯 その命の器の深みに沈み込む
    放つ愚かさを裁くに至らぬその愛しい雫をただ受けよう


                              1999.9.27









「光臨」
                        


     夜来の雨こそ慈雨となれば
     閉ざされるべくして根元の産毛よ
     律するがまま起つ樹木こそ命ならば
     注がれるための水流の清らかこそ見よ

     留まるを強いて天上を誣いる罪に
     神々の名を語れば汚れさえも 嗚呼 美徳となれ
     夕映を愉と言うも由々しくあれど喩に託され
     自が魂の志の根ざす空に大地に注がれる光りに

     女神に問うも愚かしく 受くる一様の艶やか
     枯れはじむままに冒されて与えられるを
     至福として手足よりこの喉元に刻印の接吻をする

     偶然と言うも必然の陳腐さえも美酒の酔いか
     伝え聞くためなれば伝え残すなればこれを
     いずれ葬るため白百合を添えて燃して供物とする



                              1999,09,29