精神の劇


手紙という名の未練


裕樹



「Kへ」


 ああ、朋よ。
 僕たちの関係はとても単純だけれど、でも言葉で表すにはひどく難しい。

 今日、君からの手紙を受け取った。
 クロッカスは無事に咲いたのだという君の手紙に、僕は静かに口付てこの闇のような花弁を思い浮かべていた。
 君はその花になんと語りかけているのだろう。
 僕はそれだけが今はとても知りたい。

 朋よ。

 僕たちの15年を思い浮かべてみてくれないか。
 言の葉の書簡を、いったい幾つ互いに送っただろうか。
 その幾つかは紛れも無く、僕らの愛の営みだったような気もするのは濃いほどの香水を馴染ませて僕等の存在を幾度も明らかにしようと、幾度もお互いの胸の中に染み込ませようとしていたからではなかったか。
 思えば、僕等はお互いの中にいる自分への手紙を綴ったのかもしれない。

 なあ、朋よ。
 僕たちはあと5年後、どんな手紙を綴っているのだろう。
 それらはすべてお互いに届くだろうか。
 片道書簡でありながら、往復書簡の僕等の営み。

 君へ。


01/02/10  @NIFTY 詩のフォーラム初出



「あて先不明にて、ご返送いたします。」





   YOU、僕たちの小さなたくらみが実ることはなかった。
   あの夏の季節が終わることに怯えて、早く早く大人になるために、
   僕たちは小さなたくらみを胸にして、
   傷つけることも
   傷つくことすらも
   重要なことだと、生きるがうえの勲章なのだと思っていた。

   YOU。

   僕たちの足跡は、あの海岸で消えてしまったんだ。
   覚えているかい。
   西埠頭の線路跡を追いながら僕らは歩いた。
   ノンアルコールのビア缶を飲みながら、シガレットをくわえて、
   なのに火をつける勇気もない
   とても不透明で静かな、大人を演じたあの夕暮れ。
   僕たちは、本当に寂しい影を残しながら
   ただ大人へと
   大人とはなんだと
   問うこともなく、問うつもりもなく
   背伸びをして生きようとしていた。

   ああ、YOU。
   僕は相変わらずチョコレートの甘い味は好まないが
   君は平気で食べているんだろうか。
   僕は今、大人だ。

   少なくともあの頃なりたかった大人とは違う、大人だ。
   歌を君へ残そう。
   気が向いたら、君の手紙をくれないか。

   YOU。
   生きていたことを、祝いたい。
   
   心から。



      誰そ彼の沈みて西の陽の名残帰路付く影の長く細くに



01/03/13  @NIFTY 詩のフォーラム初出




「美しい夜」
                     




   天上から吊り下げられた男の笑い声
   1と2分の1の幸せを器に入れて
   少女は私の前でおどけてみせるだろう

   道化師たちの名前を覚えた夜だった
   私とそれを取り囲む人々はみな一様にとけて
   気が付いたときには一つになるだろうと思える

   電波が世界を侵略するのだと言う人がいるが
   それは大きな間違いだった
   常に何もかも同化するために在るのだ

   怪我をした子猫を晩餐の供にして
   ぐるぐるまきにした包帯の少年が私にワインを差し出す
   1969年の朝 私がゆっくりと崩壊した年のワインだ

   白濁したカーテンがあらゆる世界を精液で塗りこめて
   私は愛情をそそいだスープを飲み干すだろう
   それから母に尋ねてみようかと思うのだ

   私を産み落とした夜に幾つの星が死んだのだろうか、と
   徐々に消えていく運命の惨劇に拍手喝采を贈ろうと思う
   私もすべてもみな喜劇の住人であろうから




2002/04月




「一葉」
             


 さようならを模って
 一枚だけ頁がめくられました
 杏色の頁は風に舞いながら
 やはりさようならを

 さようならだけを
 繰り返すのでした

2001/01/30




「渇望という悲鳴」
                     




 壊れかけた入れ物に心を預けようだなんて
 危険な遊びに酔いしれて僕らはここにいようよ
 体温も不確かなほどに冷え切った空気ならば
 焔をここに用意しようすべて焼き尽くすような
 優しい夢を見ていようか誰にも悟られぬように
 人形の僕たちが唯一意思を持つなら
 独占欲にもよく似た殺意であるはずだから
 花びらを散らせて永遠に繰り返そう接吻を
 
 嗚呼 誰も居ない森の中で秘密めいた儀式めいた
 埋葬をした幼い日 眠りについた子猫の冷えた肌を知る
 呼び声は鴉たちの戯言だから耳を傾けないで
 遠い記憶近い感触 僕たちは一つになろうよ
 重なり合う独白を幾度も躊躇いながら重ねて
 それを愛と呼んでいよう 嘯いた風のように 今も




1992/04/06作
2002/05/08改





「美しい部屋」
                   

  朋よ 心にとめていて欲しい
  夕暮れに消えていく私という
  戸惑いがここにあったという
  夢のような日々を覚えていて欲しい

  私という主が失われるとき
  部屋に残されるのは透明な空気
  若さという幻影はもう影を潜め
  隔たりのない窓から光りよ射し込め

  あらゆる記憶は融けてしまうだろうか
  朋よ 貴方を私はきっと覚えているだろうが
  貴方は私をきっとわすれてくれるであろう

  何時しか主の居ない部屋の白紙は琥珀となり
  その上に薄い誇りが厳かに降り
  悪戯な風が時折擽ればそれでいい きっと




 吾が朋へ
2002/05/14 改稿前





「美しいひと」
          




 遠い日々を硝子の容器に移して
 あなたにあげよう
 静かな日々を飴玉にして頬張れば
 夕暮れがやってこようとする

 ああ、私たちはそれからゆっくりと
 明日というものを探すといい


200/01/25




「海鳴り」

 生存の証として今存在を明らかにする私の現実

 連なりは宿命かとも思えます波は大なり小なり寄する

 沈黙を集めて何時か静寂と離別しましょう嵐の夜に

 どのような雫が降るとしてもこの砂地潤すことは出来ない

 無限とも思えて霧の深き朝馬の親子は置物となる

 足跡を飲み込むことを快楽と言ってくれるな漣達よ

 忘却のための儀式は美しい汚れともなる悲劇の終演

 自堕落に波は崩れて崩れ落ちて悲鳴をあげる、あげつづけてる

 愛しさを重ねて得るは思い出と温みのはずです、あなたそうでしょう?

 淋しさを列ねて知るは浜茄子の花と波との悲恋物語

 戯れに口にしましたさよならと、さよならと手をふってみました

 00/06/09〜00/06/14




「夢の欠片に」

わずかでも掴めるだろうとのばしては空を切る指。樹木みたいに。


複雑な迷路となります。樹木のように道はあります。それもたくさん。


汝の影を踏むべき人は吾ですよ吾なのですと謂へぬ淋しさ


音程の外れたギター手にしては夢ばかり見る少年は汝


三十一を過ぎて字あまり吾の歳。新たな歌を目指してみようか


空中を分断せむやこの枝と電線たちが住まふ天空


(日付記録紛失)



「YOU」




 YOU。


 返信は要らない。
 僕たちの言葉は、何時でも知らないところで空中分解して消えてしまうのが一番美しいと思うんだ。
 何時までも繰り返される書簡は、かなしいばかりだから、互いに詩を送りあうぐらいが、僕たちには似合いだと思わないか。

 時折混ぜ込んだ散文で確かめ合うこともなく、僕たちのしずかな終りの時まで永遠に繰り返される言葉の応酬は、だから誰にも理解されないものであっていいと思う。


 YOU。


 君が初めて僕に送ってくれた詩を僕は覚えている。
 優しさとは何かを詠ったものだった。
 短歌だった。
 僕はそれを受け取り、4行の詩を贈った。
 それが始まりだった。

 YOU。

 僕たちの遊びは深遠に近づくにつれ危険を伴うようなものだったとは思わないか、いや、それすらも現在進行形なのだ。
 僕たちは互いにしかわからない暗号をくみ上げ、人が読んでもただの詩であるのに、僕たちにとっては何時でもそれは手紙そのものであった。
 時には君の恋人が僕に嫉妬するほどの、熱烈な恋文にも思えただろう。

 YOU。

 だがそれはその通りなのかもしれない。
 僕たちは魂の奥深くで結ばれている。
 そこには常識も名前も性別も介在しない。
 在るのは僕と、君という存在だけなのだ。

 YOU。

 返事は要らない。
 だからこの手紙も君に届けられることはない。

 水に浮かべ、海に流そうと思うのだ。
 僕たちの言葉は、何時でも知らないところで空中分解して消えてしまうのが一番美しいと思うんだ。
 そうだろう?

 YOU。

 だって、僕らは詩人なのだから。

02/02/12




「新しい僕へ」

 拝啓 そろそろこちらは春になろうとしている。
 雪どけのせいで、水道の水がずいぶん冷たくなった。雪どけ水がとても冷たいせいだ。でもきっと君はこんなことを知っているだろう。

 君は今、何をしているんだろうか。
 僕は相変わらず詩を詠んでいる。
 色んなタイプの詩人が居て、それぞれの詩を披露する世界に君は今も居てくれているだろうか。
 かつて僕は何度か投稿をしたことがある。
 商業用に書き方を変えてくれといわれたこともある。
 僕にはそれがわからなかった。若かったのだ。
 僕の詩は、今も君を慰めることが出来るだろうか。
 昔の君は(僕は)僕自身をよく慰めてくれた。
 一つの創作が一つの浄化となる世界を、僕ははじめて知り、そうして、一つの浄化が一つの昇華となって完成される世界を僕は初めて知ったような気がする。
 
 ねえ、君。
 君は今は朔太郎を読むことが出来るだろうか。
 僕はあんなに愛した朔太郎を、今は読む事ができなくなってしまっている。
 それは誰のせいでもない、僕の心の向きでもある。
 ゆっくりと、ゆっくりと消えてゆく心の影のように。
 
 ああ、新しい僕よ、君よ。
 君はきっと、風の中でまた詠っているんだろうか。
 僕よりも美しい詩を綴ってくれるだろうか。

 
 追伸  僕の背には翼があるんだ。
     きっと、君のところまで飛べるよ。

02/02/25





 散文と自由律

 対比で言えば1対1の割合で、定型と自由律という感じだと思う。私の詩作のペースは。初めから自由律だったか定型だったかと問われたときは、わからないというしかない。どっちがどっちと意識したことがなかったからだ。
 もちろん、ソネットを詠んでいる、短歌を詠んでいる、俳句を詠んでいる、自由律を詠んでいる、という意識はある。だがそれは技法という意味合いでの意識でしかない。上手に出来ているかどうかは読者に判断してもらうしかない。
 どうして自由律ではなく定型なのかと尋ねられたことがある。
 定型があったから、としか答えることが出来なかった。

 「どうして歩くの?」
 「道があるからさ」

 みたいな陳腐なせりふだが、一番解りやすい真理だと思う。
 結局のところそこしかない。

 散文詩もいくつか入れた。手紙風の文面も入れた、これは散文。
 私の中では明確に分かれているけれど、読む人はきっとわからないというんだろう。
 解らないようにかく、というのも一つの方法ではありますよ。
 と笑いたい気もするけれど。

 ああ、外が晴れている。
 こういう日は逃亡がしたい。
 誰も居ない道の真ん中で立ち尽くして天上を見る。
 幾億もの点描を抱き締めながら、死ねるならいいだろうと思うぐらいに、空を仰ぐ。
 一人ぼっちで。




 by 裕樹   こと  葛西 由樹子


  2002/06/12