詩集 夜

2003/02/12

 

 

 

 


「恋文」

静かに雪の降る夜には
ホットウイスキーを飲む
苦い後悔のみほすに
よく似た味と思うだろう
 
愚かに雪の降る夜には
若い時分の恋などを
思い浮かべてみるといい
痛みを思い出すだろう
 
ひそかに雪の降る夜には
詩句の一つも詠むといい
上手に恋でも詠めたなら
恋文として届けよう
 
汝が慕うあのひとへ
恋文として届けよう


「春の恋人」
躊躇いは美しい罠
接吻の前に震えることすらも
意図的な罠としてあるだろうことも
嗚呼 僕は知らなかったのだ
そら 囚われたのは僕だったのかもしれない
空は今日も着替えをしている
すっかり裸体の桜の枝は
纏った雪で身を隠すつもりなのだ
 
軽く衣を奪う風は誰の味方であったか
花のない指に春に守られる桜を思えば
映写機の中に閉じ込める遊戯を
さあ愉しもうではないか
写真家を真似て痩せた枝の誘いのままに
春の恋人を、僕は奪おうと思う

「罪」
真珠の模造品で作られた
僕たちの詩歌を今日は捨てに来たのだよ
不透明な空に投げ捨てるのはひどく愚かであろうから
雪の大地に隠して
それから春を待とうかと思う
すっかり融けてしまう頃には
一面にはあやめが咲き乱れるであろうから
僕らの骸も寂しくはないだろう
 
嗚呼 だがとても悲しいことだが
あの言葉が朽ちて大地に還ることはないのだ
君も僕も腐りもせずに横たえるあの詩歌を
雪融けのたびに見せ付けられて
そうして捨ててしまったことを後悔しては
新しくまた 詩歌を捨てるのだ とても孤独な夜に

「夜」
首筋から胸元へ胸元から足の付け根へ
ゆっくりと浸透していくあらゆる孤独の正体は
夜の それも真冬の雨であるのだと
私が叫ぶ声を聞きながら
朋は遠くで笑いながらこう告げるのだよ
「君よ、あれは君の望む雨であろうさ」

雨が私を狙いにきたのだ
ついに屋根にたどり着き
神経質な音を立てながら私に語りかける
強弱をつけながら音は私の内部に侵入して
全身に冷たさが伝わるのを待ってから
今日の孤独は素敵だったろう?と
一人の寝具の冷たさに怯える夜に
まさに 夜にやってきたのだ


画像・詩文 裕樹